さらば、裸の大将

また一人、名優がこの世を去った。
こういった知らせを聞くたび思うが、今までテレビで見てきた人たちが亡くなっていくってことは、
それだけの月日が流れているわけで、
私自身も同じ時間を経ている、という至極当たり前のことを気づかされる。


しかし、この訃報は私にとって他のそれとは比較にならないほど身近に感じてしまった。
私のHN「たいしょう」は「大将」であり、その由来は他ならぬ「裸の大将」から来ている。
このことは、あまり他人には話す事も少なく、
初対面の人によく聞かれた時も「なんとなく」といつもはぐらかしてきた。
説明が面倒なこともあるが、このあだ名がついた中学校入学当初、私は大変な肥満児だった。
そのコンプレックスが原因かと考えられる。
四月某日、雨の降りしきる中の体育館での身体測定。
赤い短パンに白いランニングシャツ一枚、
その姿がやたら故人の扮していた山下清画伯に似ていた「らしい」。
それ以降、私は「大将」として生きてきた。
以来、嬉しい事に「大将」の名は本名を覚えてもらえないほど定着し、今では私の唯一の自慢である。


この小さな事実を知る人は意外に少ない、名づけた本人すら恐らく覚えていないだろうに。
人のあだ名なんて大概そんなもんだ。


なんの取りとめもない思い出話になってしまったが、
氏の訃報をきっかけに一つの記憶を呼び覚ます事ができた。
いつか訪れる己の死が、人の心に何か残せるような生き方・死に方をしたいと改めて思った。


屍は生ける師なり、なんてな。




心よりご冥福をお祈り申し上げます。