祖父に歴史あり

僕には“元気な”祖父がいる。
御年96歳の大正男で、和歌山の片田舎に長男夫婦と暮らしている。
子供が僕の父を含め6人、孫が、、…(家系図に書き出す)…孫が義理を除いて13人、曾孫が少なく見積もって10人くらい(未確認)。
しかもその大半がその小さな町の中で結婚し今も暮らしている。
おかげで地元じゃそこそこ有名な一族なのだ。


祖父は健康だ。
生まれて88年、医者にかかったことがない。
96歳で88年間という点については後で触れることにする。
むしろ同居している長男の方が体は悪い。
毎日たばこ晩酌当たり前。肴は刺身。
僕が幼い頃は、瓶ビールのケースが勝手口にうずたかく積まれていたのをよく覚えている。
しかし時は経ち、祖父も好みが変わり次は焼酎日本酒か、と思いきやあれだけ嫌っていた缶ビール。
こないだ会った時にビールを勧めると「ワシはこれや」と発泡酒で手酌していた。


祖父には右人差し指がない。
年齢的に戦争でだろうと思っていたが、船乗りの仕事の最中の事故だと聞いた。
なるほど、漁港も近いし近くの浜にはいっぱい船もあるから漁師だったのかと思ったら「土運んでた時に飛んでった」
この説明もかなり飛んでしまっている。


祖父は活動的だ。
カラオケにゲートボールにグラウンドゴルフ。多分まだある。
カラオケボックスが貨物コンテナだった頃、まだまだ高価だったLDのカラオケセットを自宅と勝手に活動拠点にしていた公民館に自腹で買い揃えた。
そして毎日足繁く通っていたのだが、家にあるのになぜ外にも買ってわざわざ通うのか疑問だ。


さて本題。
田舎に住む祖父の足は、原付バイクだ。
その割合は限りなく100%に近い。
歩いて一分とかからない位置所に鎮するお地蔵様の掃除をしにいく時も、愛車にまたがる。
祖父にとっては「バイクは体の一部です」といったところか。
そんな祖父が事故に遭った、と連絡があったのは今から八年前。
僕はついに、と思ったが、この祖父がただで転ぶはずがない
事故現場は件の地蔵様前。
バイクで一人転倒した結果、負傷したのは鎖骨の骨折だけ。
88歳老人のバイク事故の仕方ではない。
江口洋介のバイク事故でその高い運転技術が注目されたが、比ではない。
奇跡だ。


まだ続く。
その後も原付で田舎を爆走し続ける祖父。
その頃から町では「ユウさん(祖父)を見たら10メートル手前で止まれ」が合い言葉になったとかならないとか。
そんな暴走爺に一度だけバイクから降りるチャンスが訪れた。
今日も今日とて地蔵様へ。
ほぼ自分の庭のような場所なのでノーヘルだったそうだ。
事故で死にかけた老人の行動とは思えないが。
その日も快走したところ、運良く(悪く?)パトカーが通りかかり祖父は止められた。
ノーヘルに免許不携帯に高齢者、これは免許返上のチャンスだと身内は色めき立ったが、処分は口頭で注意だけ。
人が良すぎるぞ和歌山県警。
親族一同の願いはついに叶わなかった。


その祖父がもうじき免許の更新があるらしい。
今年に入って白内障の治療をしたらしいが、本人はまだ乗る気満々。
恐らくは交付はされないだろうが、今までそれを願い続けていた家族に別の不安が生まれた。
バイク乗りを止めれば事故を起こす*1心配がなくなるが、そのストレスで祖父がどうかなるのではないか、というものだ。
祖父は人にものを頼むのが嫌いで、同居する義娘に車に出してくれと言うとは思えない。
怪我が原因で家に引きこもるようになったせいで、一気に老け込むなんて珍しい話ではない。
まあ96歳なんでこれ以上老けようがないが。


こんな祖父の免許更新。
我が一族は今、この問題で持ち切りだ。

*1:親族の考え方としては、祖父自身が事故る以上に余所様を巻き込むという心配の方がはるかに大きい。